このブログは快快 / FAIFAIメンバーが週1ペースでお送りしてます。

2018年4月30日月曜日

りのです~・ここ最近のこと

どうもりのです^^
あいかわらずイタリアのチェゼーナで赤ちゃんとすごしててあんまニュースのない私ですがそれでも最近あったこと思ったことなどつらつら書こうとおもいま~す

***パリに行ってた

ここ1週間ほどはじつはパリにいってました!(4泊のはずがエールフランスのストにあい6泊してしまった)
わたしのいとこがパリに住んでおり、彼女はもう10年ほどフランスに住んでるのですが、彼女の結婚式に出席するためパリ行ってきました(ボローニャから飛行機で1時間くらいでつく)わたしの両親(いとこにとっておじさんおばさん)も東京からやってきて朝もじじとばばと一緒に過ごせてよかった!(娘のわたしは久々にあった両親にもキレたりしてひどかったけど1回しかキレなくてすんでよかった)
いとことは子供の頃一緒に「魔女になるための本」みたいのを愛読しておりいつも一緒に魔女になる訓練をしていた。月あかりに照らしておいたコップ1杯の水を呪文を唱えながら飲む、とか、厳選した木の枝(ていっても道で拾ってきたやつ)でケーン(魔法の杖のこと)を手作りする、とか、魔女になるための体操(いま思うとあれはヨガだった)を一緒にしたりがんばっていた仲で、すっかり大人になったわたしたちだけど魔女もどきくらいにはなれただろうか、てゆか今またあの本読みたいからみつけたら知らせてね・とか話したりした。いとこの着物姿すごくきれいだったな~そしてイタリア生活をへてみるパリはきらきらがすごかった、、かわいいものがありすぎるよ、、父は美術館で絵画(本物)をみて泣いたりしていた、我が父ながらそんなにセンシティブおじいさんだったのかすごいな、と思ったりしました。

***あいかわらずイタ語をがんばっている、、

んだけど、常に100%のイタリア語に囲まれてるためやってもやってもうまくなれた気がしない涙。でもおもしろいこと(自分的にだけど)に気づいたりもする、例えばイタ語では100%のことチェント(100の意味)ペル(pre:英語で言うとこのforみたいな)チェント(100)て言うんだけど、つまり100中の100って意味で80%ならオッタンタ(80のこと)ペルチェントとか言う。へー英語と違うね~とか思ってたがパーセントてつまりペルチェントが英語になっただけやん一緒だわ!!!と気づいて号泣(心の中で)
あと前から英語のsuicide(自殺って意味)て変な言葉death(死)とかkill(殺す)とかと全然かんけいないじゃんとか思ってたけどイタ語では彼/彼女が(つまり3人称)自殺するっていうのをsi ucide(シウチーデて読んで、彼が自分自身を殺すて感じ)っていう、あれsi ucide/suicideに、似てる!!!!となりなるほどラテン語経由でできた英単語だったのか!!!とまた心の中で号泣
なるほどね~イタリア語は全部そうだけど英語でもラテン語からきた言葉いっぱいあるんだね~とエウジーにいったらそうだね~日本語はどっからきたの?中国語?ってきかれてうーん多分違うと思うよとかいって調べてみたら日本語は実はいまだにどういう経緯でできたのかまったく謎らしいよえなにそれすごくない?となった・

***やばい朝がもうすぐ1歳になる・


2017年5月10日に生まれたうちの赤ちゃん朝は早くもそろそろ1歳になろうとしている。。。でもこの1年があっという間だったとは全然思わない。しかし人間の赤ちゃんは哺乳類の中でも成長が遅い方だとはいえ1年でここまで変化するなんてすごいし変化の過程も一応よく言われている通りなのも驚いた。だんだん寝返りをころころしたかと思ったらちゃんとハイハイもしだしてつかまり立ちもしまくりもう少ししたら歩いちゃうのかもしれない・生まれたての頃何か大切なことを伝えに来てる風なのにう、、あ、、とかしか仰らないんですねと思っていたが早くも3ヶ月頃には笑い始め最近では爆笑しすぎちゃってもうどうしようってなってたり、ほしいものをちゃんと指さして、ん!とかいったり、夜中に起きるとマンママンマ~と叫びながらわたしの顔を叩いてくる。最近は食いしん坊すぎてご飯を食べたあともうないよ~といって空のお皿を見せると号泣しながらもっともっと食べたいんだと怒ったり、好物のリコッタチーズと見せかけて柔らかいご飯(両方とも白くて似てる)を食べさせたら味が違うじゃないかとまた号泣して怒ったり(でも最終的にはご飯もうまいねとよく食べてた)と食べ物の恨みがすごいので将来朝が食べようとしていたお菓子とかを間違って食べたりしたら大変なことになるのではないかと怯えている・誕生日の日は近所にあるお城の庭(昔お城だったとこで今は公園みたいな場所)でピクニックしようとエウジーと計画しててママは一応日本人なので巻き寿司をつくりたいがぶっちゃけ巻き寿司なんかあんま作ったことないしヘタすぎると思うので練習しないといけない。



こないだパリでお昼寝したあとの写真
夏みたいに暑い日だった
ではきょうはこのへんで!
まったね〜

2018年4月9日月曜日

新年度

みなさんこんにちは。
絹代です。

新学期になって、娘は小学3年生、
息子は近所の保育園に入園しました。

「1999」に出演していたJKたちももういわき総合高校を卒業し、
半分は東京、半分は地元に就職したり他県に進学したりしました。
卒業おめでとう。

さて、最近私は何をしているかといえば、
息子の入園準備でバタバタだったのと
今年度も多摩美術大学の非常勤講師(PBLという授業を担当しています)。
それから第9回せんがわ劇場演劇コンクールの専門審査員を担当させて頂くことになりました。

しかし、最近思うのは
先生の立場にたとうとも
審査員の立場にたとうとも
やりたいことはだいたい

「つきぬけたバカ」

ですね。
年をとるほどに社会的意義を求められるし
成果を見込めることをしがち
大義ありげに見せがち
に流されてしまいそうですけどね。

いつだって私個人はそれらから自由でいたいし
生きてる喜び感じたい。

だって助成金の為に作ってるわけじゃないんだから。
本来は私の表現のために作ってるわけだから。

って電気グルーヴの画像見ながら肝に銘じてます。
 
いろいろ通じるところある
 

ママになってもおばあちゃんになっても
いつか私が死んでしまっても
 
「あいつら(FAIFAI)は本物のバカだな」
 
と言われたい。


 
こないだこーじが出演した 
悪魔のしるし「百人斬り」@豊田市美術館。
亡きキグチさんの遺作で、1周忌記念での開催に
家族で旅行がてら観に行ってきました!

出演者は斬る人1名(こーじ)と斬られる人が100名以上、
内容はバンド演奏をバックに斬って斬られて、
最終的に死体が舞台を埋めるというただそれだけなんですけど

最初にふんどしにデスメイクのこーじが舞台上に現れて、
バンド 演奏がジャーン!って始まった瞬間、
息子が大きな音に驚いてギャン泣きしたんですね。

演奏+ふんどしのこーじ+斬られてく人々+泣く赤子

その光景が圧倒的に
無意味で
みんな全力で
ただただ美しくて
涙が止まらなかった!!!

息子はすぐに泣き止んでその後は興味深そうに舞台上を眺めてましたけど

途中でこーじのふんどしが取れて落ちそうになるのをお尻のあたりで抑えながらもう片方の手で必「死」に斬ってる姿とか、
舞台監督のさめちゃんが自分が着ていた黒いジャンパーをこーじに巻きに突入する決「死」の姿とか、
もはやデスメイクで黒い前掛けしてる人になって斬ってるのとか全然意味わかんなくて、
自分が斬られて「死」ぬ様を心から楽しもうとしている人々、
そして、この演目を遺して「死」んでしまったキグチさんとか、
すべての「死」が愛おしくて涙があふれた。


きっといろんな解釈や意味をここにつけることは出来るんだけど
なんかそういったものこそ無駄な感じがして、
ただただ現象の強さを味わいつくした贅沢な時間でした。


そしてその日の夜は飛行機で帰ろうとしていたんだけど
見事に空港間違えて(名古屋に2つ空港があることを知らずにチケット取ったバカなあたし)、
最終便を逃し
新幹線で帰りました。

2万の無駄な出費にまた泣いた。
夫が「この旅で一番面白い出来事だったなー」といって笑いながらビールをおごってくれ、
「笑ってるのはおめーだけだー!!」といってそれをがぶ飲みしました。



今となってはいい思い出☆


さて先日は我が家で快快会議があったんですが、
春の幼虫さながら、
モゾモゾ土の中で
我々も新作に向けてうごめいています。

なかなか腰の重い私たちなのですが、
そして驚くことにみんな歳をとってきている(!)のですが、
新作はいつだって生まれたての赤ちゃん。
快快には赤ちゃんという意味もあるらしい。

そんなかんじで、突き抜けたピュ アな表現を今後もやっていきますよ。
今年度も宜しくお願いします。