このブログは快快 / FAIFAIメンバーが週1ペースでお送りしてます。

2019年3月25日月曜日

市川市最大!!24時間オープンのゲーセン、その名は大慶園。

3月で、39歳になりました。
(新ためて数字で見ると衝撃です。)


なので、というか関係ないのですが、
今日は地元、千葉県市川市が誇るアミューズメント施設
『大慶園』を紹介しようと思います。

大慶園は、ふなっしーでも有名になった市川市の特産物『梨』園の大地主さんが、
個人でおっ建てた趣味とコレクションを兼ねたアミューズメント施設とのこと。
(ふなっしーは船橋市を推してますが、市川市も梨が特産物です)


とは言っても、実は先月、初めて行ったし、
何なら、今年に入るまで、その存在を知りませんでした。

知り合いから、24時間やってるやばいゲーセンがあると聞いて、
行ってみようと思い立ったのが、2月。
実家に帰る予定に合わせて、チェックしに行ってみました。
今ではラウンドワンなどの24時間オープンの大型アミューズメント施設も身近になったので、
そんなに珍しくはないだろうと思っていたのですが、
これがかなり興奮させられました。。。

大慶園HP




電車とバスを乗り継いでやってきました。
ここがあの大慶園の最寄りのバス停か、ちょっと寂しげな雰囲気もあるけれど、
大丈夫だろうか。


最寄りバス停から歩くこと10分、やっと大慶園が見えてきたと思ったら、
何か思ってたより大きいし、駐車場の入り口に置いてあるものがすでにやばい。
ジェット機のエンジン??







アメリカナイズされた中庭ではストリートバスケに興じる若者たち。
(アメリカ文化も好きらしく、各所に大きい文字で英語がペイントされています)





期待を膨らませつつ、施設の中へ向かいます。


おおおぉぉ、、、!!!!
なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っつ





これはもう大興奮ですよ。
広大なスペースにどかどか置かれたゲーム機に、

屋内ゴーカート!!!!!!!


子供のころ、ディズニーランドへ行くとミッキーそっちのけで、
ディズニー要素が皆無のゴーカートに何度も何度も乗っていた自分としては
テンション上がりっぱなしです。

ほんとこれ、地主さんの趣味の延長だっていうんだから、ほんとすごい。



汗の結晶というか、本物の強みというか、
積み重なった年月の重みが感じられて、そんじょそこらのアミューズメント施設とは
比べ物にならないリアル。。。






人力のアナログな遊びから、古そうな謎のゲーム、

フードスペースに、これまた広大なビリヤード場に
カラオケボックス、はてはバッティングセンターまで併設していて、





















24時間、たっぷり楽しめる施設でありました。。。

(リアルなヨーダの人形もあったよ)





帰りに車で10分ちょっとのところにあるスーパー銭湯に入って帰宅しました。


あまりないとは思いますが、お近くにお寄りの際は、ぜひ!!
(車での来場が便利です)

Google Map


次回は、おすすめ中央線のグルメブログでも書こうかなと思っております。

ありがとうございました。


のろ


2019年2月28日木曜日

日記買う/2月は嫌い/はるのうみ(りの)

りのです・タイトル通りわたしは2月が嫌いというか苦手(2月がお誕生日の方々ごめんなさい、あ、あやみちゃんだ!)ですが、今年の2月はいつもに増してです。

この2019年の2月はだいすきなおばあちゃんが亡くなることから始まって、お葬式のために1週間ほど日本に帰国していました。わたしは母方のおばあちゃんである彼女のことを、おばあちゃんと呼んだことはいちどもなく、彼女のあだ名はちばちゃんと言って(私たちが小さい頃は千葉に住んでたため)いつもおもしろ発言ばかりの、自称作家で言いたい放題で頭も良くてブログもやってたコンピューターおばあちゃんでした。今思うと彼女はわたしの生涯に何人も現れないだろうと思われるいわゆるロールモデル(お手本的な?)的存在で、彼女を見て、お金があってもおもしろくないおばあちゃんは早く死んでほしい、と思われるかもだが、お金がなくてもおもしろいおばあちゃんは長生きしてほしい(おもしろいから)と思う、のでおもしろいあばあちゃん一択だな、とひとつ長い人生に対し方向性をもらったような気がします。

いつも電話で、ちばちゃん、美大に行くんだ、とか、ちばちゃん、イタリアに行くんだ、というと、あんたはそうすると思ってたよ、となぜかいつも予想されており、あんたあのイカメン(イケメンの間違い)の彼氏はどうしたのよ?イカメンだったのに、、と20歳くらいのときの彼氏のことをずいぶん長く言われ、初めてエウジーと会ったときも目がきれいねぇ、、と目がハートになって喜んでいた、老人ホームの池の鯉がね、お腹が空きすぎて、、岩に止まってたスズメを一飲みで食べたのよ!という話や、おじいちゃんのお墓のお花に止まった蝶々がね、、目の前で一瞬にして乾いてドライ蝶々になったのよ!という話、わたしは10代のアイドルの子たちの気持ちがわかるわ~わたしも老人ホームのアイドルだからさぁ、大変なのよあの子達もわたしも~という発言や、とにかくおもしろかった、快快の裸族のビデオをyoutubeでみた時もわたしのことを、あの子もこういう変なことさえしなければ普通のかわいい子なのにねぇ、、と普通のことを言ってたあたりも笑った、

ちばちゃんと話すとき、久々に会う親戚に対してあるようなどこまで見せていいのか、、?みたいな感覚は全然なく、今思うと、彼女とわたしとの時間は小さい頃からとぎれることなくずっと続いていたというか、彼女の中にもちゃんといつもわたしがいるような感覚があったんだと思います。簡単に言うと、彼女がいなくなってとてもとてもさみしい。89歳だったので、亡くなるのは自然なことですが、亡くなり方が不慮の事故のような感じだったのでなおさらさみしいです。

5歳のときにわたしが入院したとき(脱腸で)入院に付き添ってくれたのは彼女で、わたしのベッドの横にもう少し低い簡易ベッドを置いて寝ていたちばちゃんは、朝起きたら目の前にあんたのあんよがぶらぶらしててびっくりしたわよ!と言ってました、(たぶんわたしの寝相が悪かった?)10歳くらいの時、小学校のクラブ活動の音楽劇の公演に来てくれた後、手紙を送ってくれて、そこには小さなたしか動物のシールが入っていて、「もうりのちゃんはそんなに小さくないから、シールでは遊ばないかもしれないけど、劇をみていたらこれを送りたくなったんだよ」と書いてありました。

ちばちゃんは俳句をたくさん詠んでおり、知らなかったけどいわゆる作家ネームもあり、お葬式では彼女の句集を配りました、その句集のタイトルにした句が

日記買ふ まだ来年も 生きるから

というもので、彼女のちゃっかり感がよく出ていてだいすきな句ですが、亡くなったいま詠むと、なんだか頭がぽーっとしてしまいます。

そもそもわたしの娘の朝に、朝っていう名前をつけたのはわたしが朝か夜という字を使いたかったというのもあるけど、もともとわたしのお母さんがわたしに朝子と名付けたかったのだが、おそらくちばちゃんの判断で地味すぎる、ということで却下になった、というところからもらったというのもあり、朝、という名前を初めて聞いた時のちばちゃんの感想は、「そんな女中みたいな名前でいいのかね、、?」というものでした、女中て笑、


*



ところで今日天才ささきあやみとチャットしてたら、おにぎりセラピーをしてオリエンタルの濫用をするのはどうか?というアイデアと、アイデンティティーなんてものは実は、ない・という耳寄り情報をもらいました。アイデンティティーとはいつまでもはっきりとよくわかっていない概念ですがおそらく自分が?どこに?所属するのか?いったいなにものなのか?をはっきりくっきりさせるってことだと思うのですが(違ったらごめんなさい)そんなものは実はないのに、ある、ってことにして違いをはっきり、くっきりさせようとすればするほどいろいろ問題出てくる、とゆーような(わたしの解釈では)情報でした。それをきいてなるほどわたしは、この小さなイタリアの街に来てからは自分が日本人で日本語で日本食で日本の音楽、本、なんやかんや、にすごくこだわっているように感じて、でもむしろ日本にいたときはそういったものが格別好きだったわけでもなくむしろ逃げたがっていたような気さえするのに、つまりありもしないアイデンティティーをむりやり探り出し抱えていたいかのような気持ち・です。だけどその抱えていたいアイデンティティーなんて実はないんだよ~~んということになったらどんなにいいだろうか・アイデンティティーなんかまじでいらない、あしたから日本に関するいろんな気持ち、恋しささえも全部ないってことで、無視して生きていこうか、と思いましたが、それは、、できるだろうか、、、夫エウジーに、りのはここにきてから抱えてる問題はずっと同じ、nostalgiaだ、と言われましたが、いや、故郷があるかぎり、故郷を思う気持ち(つまりnostalgia)は消えないのでは、、?つまりその気持ちが解決されることは、、痴呆になる、、しかない、、、?のでは?とか思いました。(痴呆になったって、ほんとうに忘れているのか?はわからないとも思う)

2月のなかなか春にならない寒さと、だいすきなちばちゃんがいなくなってしまったことはわたしの中のnostalgiaを強く強くしてしまって、地球の裏側でこんな気持ちになっているわたしはとても宇宙にはいけないな・と何度か思ったことがあるけど、また思いました。




2019年の2月最後の日!
りのでした!

2019年1月22日火曜日

狩猟

あけましておめでとうございます。山崎です。

実家の畑で姉が撮ってくれた快快の年賀写真
 

この写真は僕の実家の畑(静岡県掛川市)ですが、左手に持っているのは、僕が去年の11月に狩猟を始めて最初に獲れた猪のバラ肉です。すみません、流行りに乗ってます。狩猟です。(動物が死んでるのとかダメな人はみないでね、今回は写真多めで書きます)



年賀写真を撮るまで



勉強して

わな猟の免許とって


地元帰って狩猟者登録して(静岡県の狩猟者記章)
ジャンボエンチョーに通って
  
切って

穴をあけて


曲げて
わなを作って
 
わなを木の皮と一緒に煮て、金属の光と匂い消して



師匠を探して(お礼の品でいっぱい)
灰皿のワイルドさにグッときて


山に入って
獣道を探して

 
糞の硬さ調べて
 
 
糞の匂い嗅いで
わなを仕掛けて

猪掛けて
捕まえて、止め刺しして
下手くそで血みどろになって

川の側に運んで
 
洗って内臓出して


膵臓は山の神様にいけて
心臓、肝臓、胆嚢以外はでっかい穴に埋めて

場所を移して
皮を剥がして
解体して精肉して
お隣さんにローリエとローズマリーをもらって

これ(パンチェッタを仕込み途中のもの)
本当に充実した2ヶ月でした。
サクサク進んでるように見えるけど、全然そんなことなくて、友人、親戚、家族いろんな人に助けてもらって何とかやることができたって感じでした。




初めて自分のわなにかかった鹿

初めて、自分のわなにかかった動物に会った時はなんとも言えない感じでした。山に何度も入るうちに野生の動物と出会うこともあったけど、この時はまだ出会ったことがなかったから、目が合って、シーーン、みたいな感じで。自分は山に入って行く時、「お邪魔しまーす」って小声で言って入って行くような心持ちだったので(実際には言わないけど)、実際住んでいるひとに会った時の畏れ多さっていうか、森の中での自分の異物感。野生の神聖さっていうか気高さっていうか、真っ当に生きてる強さ?狩りにきといて何言ってんだよって感じだけど、こういう気持ちになるとは思っていなかったし、イメージもできてなかった。

足にわなのワイヤーがかかってて、次に角を別のワイヤーで獲ったところ
槍で刺したあと。目隠ししたら大人しくなるってネットで見たけど全然そんなことなかった


洗って内臓出して家の梁に吊って
皮を剥いで

解体して
家に持って帰ってくるときはいつもこんな感じ
精肉したもの、15kgくらい(手伝ってくれた人に分けた残りで)
心臓
肝臓
何とか知り合えた70歳、80歳の猟師さんと一緒にいると本当に自分が甘ちゃんだってことを痛感させられた。自分がいかほどのものかってことを痛感できたのが一番良かった。
「お前は甘い。」「お前は甘い。」って何度言われたことかってくらい言われて、最初は「そうですね。」って答えながらも「俺は一人でできる。」って内心思っていたけれど、いざ猪や鹿がわなに掛かったら、野生の力強さにビビって気は動転するし浮き足立つし呼吸は浅いし声は上ずるし、ネットや本で得た知識だけではどうすることもできなくて、鹿かカモシカかも自分では判断できない始末で、結局、地元の猟師さんに見に来てもらい、槍も借りて、手ほどきを受けて、運んでもらって、解体してもらって、本当におんぶに抱っこでした。


当然だけど自分の未熟さを痛感して一旦罠を仕掛けるのはやめて、色々経験させてもらって自分で一通りできるようになるために、猟をやってる方達に週に2回くらい同行させてもらって、勢子の方に付いて山のこと教えてもらったり、色々経験させてもらいました。
猟犬のマツとコマツ
軽トラの後ろに乗ってて、猪の匂いがするとここで降ろしてくれって鳴く
離してから30分くらいで2匹捕まえた、40kgくらいまでなら鉄砲使わなくても犬だけで押さえちゃうらしい、強い



カモシカの子供、獲っちゃダメなやつ

顔があどけない
こっちは大人のカモシカ
公道で、車が来たら避ける感じ

捌くのめちゃくちゃ早い

 
猪の茹でたやつを食べてる
昔、ここら辺で殿様って呼ばれてた人の家らしい
 
勢子の人に付いていくと、ほんとに登山って感じですごい体力
 
猟の後の柿狩り
 
柿と猪肉

冬至の日には柚子採ったり
みかん狩りも


  
槍作れってくれた刃物と
カシの木
研いだ

 
猪の牙、猟師さんみんなツンデレでサシになると優しい

猟師さんたちのノリがすごく心地よかったです。みんなで無線でやり取りしながら軽トラで走り回って、立派なオスが取れると決まって、「チンチン交換して欲しいわ」って解体しながら言ってるみたいな。
基本写真撮ってると馬鹿にされるし、あんまり撮れなかった。っていうか精密機器は狩猟と相性悪いと思う。俺とも相性悪いと思う。あと、僕が演劇に、芸術に関わってなかったら、面倒だしもっと写真撮ってなかったと思う。写真整理するだけで1日使っちゃたし、、でもこうやって撮ってブログに載せるのは、おこがましいけど「生きる」ってもっと色んな方法があって、もうちょっとみんな気楽に生きられるんじゃないかって思うから風穴あけれたらって思うのもあるし。世直し。なんて言って「いいね!」が欲しいだけかもしれないし僕の生き方を承認して欲しいだけかもしれない。あとみんなに「何してるの?」って聞かれるから報告でもあります。あと誰か面白がって仕事くれないかなってのもある。色々あるんです。人ってそんな単純じゃない。

地元にこんなに長く居たのは高校ぶりで、大人になって地元で自分の興味のある方向で新たに人間関係を作れるっていうのはすごく面白かった。

さすがにずっと居るからご近所さんも「こうじくん、何で居るの?」って聞いてきて、「狩猟がしたくて。」っていうと、「何で?」って聞かれて、「食べたくて。」ってこのやり取りをいろんな人といっぱいしました。

そう、食べるために獲ったんだけど、美味しかった。
ジビエは、お土産物とかで珍味的にしか食べたことなかったから、もし口に合わなかったら大変だなって思っていたけど美味しくて良かった。こう言っちゃうと雑だけど、僕的には猪は豚で、鹿は牛の赤身って感じでした。それに猪年ってこともあってみんなありがたがってくれるし。


猪鍋

猪は脂の厚みがすごい、っていうか売ってる豚肉はほとんど脂を切り取ってるんだなって思った

初めてのミンサー

正月に義理のお兄さんとソーセージ作り


猪ソーセージ

鹿ソーセージ
鹿刺し

猪のハツとレバー
鹿ジャーキー

ベーコン

ケバブとかハツ、レバーのスモーク


猪のパンチェッタ

鹿の赤ワイン煮


去年の春、千松信也さんの「ぼくは猟師になった」を読んで、「スーパーに行く代わりに山に獲りに行く」ってのに感銘を受けたから、今こんな感じなんです。自分で食べ物が手に入れられるっていう安心感!(僕の場合は食の安全性とかじゃなく、経済面のです)。あと地元だと物々交換をけっこうやってる!いい!人の繋がりでお金に対する不安を消す、っていうか、不安をお金で解消するんじゃなくて人の繋がりで解消するってことかな。お金は必要なんだけどね。

今、静岡の実家と神奈川の僕の家の冷凍庫は僕が取ったお肉でパンパンです。
で、野生の動物を捕まえて、殺して、食べるってことに、もっと精神的にくるものがあるんじゃないか、自分には罠に掛かった動物を殺せないんじゃないか、って思っていたのですが、「山の恵み、頂きます!ありがとう!」って感じで、大丈夫でした。し、あまりそこにセンシティブにもナイーブにもなりたくないなと思いました。あっけらかんとしたい。殺しますよ、食べますよって。

あと今年になって、神奈川県の猟友会の狩猟見学会に行った時に、神奈川県庁の自然環境保全課の方が来ていて話して、神奈川は鹿が多くて大変らしい。鹿は下草を全部食べちゃうから山がダメになっちゃうって。で、駆除したものを売ろうと一度、ジビエカーを導入しようとしたけど失敗したらしい。ジビエに対して日本人は基本「もったいないから売ろう」って考え方で、「食べたいから、美味しいから」じゃないって。採算取ろうと思えば、血抜きや衛生管理、肉のクオリティやら何やら諸々で、鹿肉キロ4000円、猪肉キロ1万円とか、それじゃ売れないし。食べたい人はジビエのお店に行った方が良いじゃないってなるらしい。僕も自分が獲った肉は手間とか考えたらほんと値段つけられない。し、地元の猟師さんたちは肉が売れない、売らないから、仲間で良い関係保ててるって感じもする。基本的に獲れた肉は、頭割りのくじ引きで恨みっこなしで分けている。

よく旅番組で、訪問者へのおもてなしや祭事の時に動物をしめてみんなで食べるようなところって、お金への依存度が低いと思う。猪の肉がキロ1万円みたいな考え方なら、豚一頭も何百万で車1台分くらいの価値になって(実際このくらいするのかもしれないけど)、っていうか本来、分業がここまで進まなければ、ほんと肉ってプライスレスなんだろうなって思った。獲れたらタダでみんなに振る舞うし、売ろうとしたらいくらにしていいかわかんないみたいな。流通させようとすると難しいけど、自分で獲って食べる分には最高って感じなんだなって。実家から神奈川に戻って来て、スーパーで野菜を買うことにいちいち躊躇しちゃってる自分がいます。ほとんど地元でお金をもらえる仕事をしてなかったからお財布事情が、、ってのもあるんだけど。色々理屈重ねてるけど、実家暮らし最高!ってだけかも。

あと神奈川県にはレンジャーって鹿狩りのプロが5人かな?いて、犬とか使わない単独の忍び猟で、趣味の人や車で近場まで行けない1000mとか標高の高いところで狩ってるらしいんだけど、そのうちの一人の35歳ナイスガイがいたから話してたら、神奈川には水源税ってのがあってそのお金があるから、水源を守る=山を守るってことでレンジャーってシステムが成り立ってるって言ってた。で、「今流行って来てるから、逆に鹿とか猪、すぐ絶滅しちゃうんじゃないすかね?」って自分本位なことを聞いたら、「鹿は毎年自然に1・2倍で増えていって、僕らや猟友会なんかで狩って、何とかその増える分の0・2よりすこーし多く獲れてるかなくらいで、まず現状が多すぎるんだよね。」って言ってたのでもっと流行っていいんだって思いました。基本レンジャーの人も仕留めたら放置でほんとに時々背ロースだけ持ち帰るっていってた。だから人間の都合だけど、せめて自分で獲って食べる人が増えるのが健全な気がしました。まあそのまま山に還すってことも健全か。殺すけど、何かの命には繋がってるから。僕は食べたいけど。だから狩猟は続けたいです。


ちなみにわな猟に興味がある人で、実際やるときのhowto本だったら、僕はこれがおすすめです。





最後に、この間、悪魔のしるしの新年会で安野太郎さんに久々に会って色々話して、ほんとほんと楽しかったんだけど、何で狩猟を始めたのかってことで、「肉が安すぎる、動物の幸せを搾取してるからだ。役者のやる気の搾取も嫌だ、搾取に敏感になってるから、自分で獲ってみたかった。」って話からの、


「じゃあコージ君は、誰にも文句言われないところから搾取し出したんだね。笑」


って言われて、ぎゃってなった。


宣伝

そんな僕は猟期(掛川は11/1〜3/15まで猪と鹿を獲っていい)で、まだまだ地元で猟をしたいんですが、今は一度東京に演劇をやりに来ています。

こちら、世界を救おうとする役を頂いたので、ちゃんと救えたらいいなと思います。





・2月6日(木)20:00〜、久々にポテトタイム(ラジオ)やります!快快インスタで!


・2019年は、快快、新作やるからね、忘れずに来てね!

新作に使うかもと思って、1匹目の鹿と猪の頭は畑に埋めて骨にしています