このブログは快快 / FAIFAIメンバーが週1ペースでお送りしてます。

2017年4月22日土曜日

『愛死に』チケット発売開始しました

お久しぶりです、絹代です。

本当にブログ書くの久々だなぁ、前はいつ書いたっけ?
と思って遡ってみてみたら

『あ〜夏休み』

でた、夏。

いくらなんでもご無沙汰すぎました。
すみません。

さて、この間に何をやっていたかと言えば、、


10月 吉祥寺OngoingにてOngoingFesに三月企画『ニンプトカベ』で参加

マタニティフォトのフライヤー


11月 娘の七五三(7歳) 
近所のケーキ屋さんの前で

12月 第2子出産
クリスマス生まれだからかたまたま三賢人のような構図に!?


1月  二子玉川riseにて多摩美術大学担当授業タマリバーズ『タマゾニア』公演
学生パワー炸裂の感動的な公演になりました

2月  しもきたざわ演劇祭、本多劇場祭りにて一人芝居『桃缶太郎』発表
息子はまさかの鬼役です

3月  出演映画『そうして私たちはプールに金魚を、』がアメリカのサンダンス映画祭短編部門でグランプリ受賞
最高の映画です。主人公たちの未来の姿(おばはん)で出演してまーす。


ざっとこんな感じでしょうか。



昨年度は4月に妊娠が発覚してから常に赤ちゃんと共に過ごしてきました。
思い起こせば前回のブログで書いてた『ウェルカムチキュージン』の宇宙人役の時にはもう妊娠6ヶ月とかでしたね。

火の粉を被りながら川に入ろうとする妊婦


そして、妊娠9ヶ月で本番に挑んだ三月企画の一人芝居『ニンプトカベ』。
お腹にサングラスと帽子を貼付けて、お腹の子がチャゲ、私がASKAになって、「YAH YAH YAH」を歌ったりしました。

続けて『二人の愛ランド』も絶唱


ほんと、よくやるよね。


そんなチャゲ役をさせられていた第2子も無事にこの世に出てきてくれました。

心なしか、チャゲににてる気がしてきた


「義光(よしみつ)」(♂)といいます。
(こうやって書くと「つんく♂」みたい。)

娘のあだ名が “みちゅ” なので “よちゅ” と呼ぼうと思っています。
(3つ4つ)

呼ぼうと思っています、っていうのは、
実は家族はまだ誰もよちゅと呼んでいなくて、
息子のことは胎児ネームの「ポコ太郎」「ポコちゃん」、
最近ではギリギリどうかと思いつつ
「ポコちん」
と呼んでいることが多いです。

人前で呼ぶときはちょっとドキドキします。



非常勤講師として担当している大学の授業があるので、早く生まれちゃったら困る〜なんとか冬休み中に生まれてくれ〜!
と踏ん張ってたからなのか、
予定日より10日も遅れまして。
8日遅れた12月23日の時点で経過観察のため入院。

12月25日、クリスマスの朝の内診で優しそうな女医さんにびっくりするほどグリグリされて、その後、順調に陣痛がキタと思ったら超特急でMAXになり分娩台にあがってから20分ほどで飛び出してきました。

あの女医さんが私たちにとってのサンタさんですね。
サンタさんが会陰切開も縫合もしてくれました。

マジで痛いことばっかりしてくれたわね、サンタさん。

10日もお腹の中でぬくぬくしていたわりには2818gとやや小振りだった息子ですが3ヶ月の時点で7400gをマークするほどに成長しました。
娘の時には5500gとかだったから、それに比べるとかなり重いです。

どすこ〜い♡


母ちゃん、手首ぐちゃぐちゃ。

そして初めての男の子。
噂には聞いてたけど、やっぱりやりました。
オムツ替えのときの “おしっこまき散らし” 。

おまけに7歳の娘もしっかり赤ちゃん返りして、
おねしょ復活。

今日も私と布団はおしっこまみれ。
天気が良いのが何よりです。


でも約7年ぶりの赤ちゃんとの生活は大変だけど本当に幸せです。

だっこしながらすやすや寝てくれた時、
泣いてた顔が私を見て一気に笑顔に変わった時、
ギュッとしがみついてくる小さな手、
一生懸命おっぱいを飲んでいる口。

この前、大学時代の快快の恩師である(快快の前身である「小指値」の名付け親)鈴木志郎康先生のお宅にお邪魔したときのことを、詩人である先生が詩に書いてくださいました。

『俺っち赤ん坊を抱いたの何年振りだっちゃ。』

左から鈴木志郎康先生、同じく多摩美の恩師・加納 豊美先生、みちゅ



でも赤ちゃんって、一瞬で赤ちゃんじゃなくなっちゃうんですよ。
本当にあっという間。
娘のときはそんなこと知らなくて、無我夢中で育てていたけど、気づいたらもう小学生になってて、
そういう経験があったので、息子は生まれたそばからなんだか切ない気持ちにたびたびなります。

赤ちゃんはとどうして赤ちゃんじゃなくなっちゃのー?

なんて思いながら4月に突入しました。

ぷかぷか〜♡




新しい年度。
仕事にも完全復帰し、今年度も担当している多摩美術大学PBL科目の授業が始まりました。

5月には藤沢アートスペースにて親子DEダンスのワークショップも開催します!!


そして、6月8〜18日に出演させていただきますFUKAI PRODUCE 羽衣『愛死に』@東京芸術劇場シアターイーストの稽古も始まりました!!

羽衣さんとはかれこれ10年くらい前に参加した「ガーディアンガーデン演劇祭」からのお知り合いで、たびたび拝見しており、エロさとギャグセンスの高さと劇中音楽の素晴らしさが大好きだったのですが、まさか自分にお声がかかるとは思ってもいませんでした。

あたらしい扉をこじ開けられちゃうんではないかとドキドキワクワクしています。

チケットは今日4/22から発売です!
いろんな券種があってすごく工夫されてますね。
どうぞ、吟味して、でも早めにご予約お願いいたします。


************************

FUKAIPRODUCE羽衣 第21回公演
『愛死に』
2017/06/08(木)-18(日)
プロデュース◆深井順子
作・演出・音楽◆糸井幸之介

◆出演◆
深井順子 
鯉和鮎美 高橋義和 
澤田慎司 キムユス 
新部聖子 岡本陽介 
浅川千絵 平井寛人 
(以上、FUKAIPRODUCE羽衣)

伊藤昌子 榊原 毅 野上絹代(FAIFAI/三月企画) 
山森大輔(文学座) 荒木知佳

◆日程・劇場◆
東京芸術劇場シアターイースト
(JR・東京メトロ・東武東上線・西武池袋線 池袋駅西口より徒歩2分/駅地下通路2b出口と直結)

6/8(木)19:00★チケット:前半早割対象公演
    9(金)19:00★
   10(土)14:00★/19:00★
   11(日)14:00★
   12(月)19:00★
   13(火)休演日
   14(水)19:00
   15(木)14:00/19:00
   16(金)19:00
   17(土)14:00/19:00
   18(日)14:00
*当日券の販売は開演の40分前、開場は開演の30分前を予定しております。

◆チケット(全席指定)◆
一般 前売:3,800円/当日:4,000円 
★前半日程割引:3,500円

 U‐25 2,500円 (当日受付にて年齢の確認できる証明書をご提示ください。) 
 
さいふにやさシート 2,000円(各回枚数限定、当日引換券。やや見づらいお席になる可能性がございます。) 

◆劇団ホームページ◆
FUKAIPRODUCE羽衣
http://www.fukaiproduce-hagoromo.net/

************************


そして、情報解禁となりましたが、今年度は夏と冬にいわき総合高校、演劇系列の生徒の卒業公演の作・演出をつとめさせていただくことになりました!!
8/18.19 @いわき芸術文化交流館アリオス
2月こまばアゴラ劇場
です。

いわき総合高校といえば、7年前、娘がまだ0歳児の頃に快快で2年生のアトリエ公演の担当をさせていただいて、それ以来。

乳飲み子を背負って、ベビーカーを担ぎ、篠田の寝坊の一報を受けてスーパーひたちに飛び乗ったなー
とか
私が指示した振付を生徒がイラスト付きで、こと細かくノートにメモする姿が、ダンスをやってた高校生の頃の自分と重なって涙が出そうになったり
とか
発表の直後に起きた震災
とか

いろんな思い出があります。


そして今回も、今度は第二子が乳飲み子で、スーパーひたちに飛び乗る日々がやって来るなんて、本当に嬉しく、また新しい出会いにワクワクしてます!!
ご縁というのは摩訶不思議。




というわけで、今年度も家族と、仲間と、沢山の出会いに感謝して
楽しくかけずり回っていきますよ〜!!

「今年度もよろしくね♡」














2017年4月13日木曜日

銭湯の蛇口

のろです。

4月に入ってからというもの、体調がすぐれず、
歯医者では歯ぎしりで割れた歯の治療をし、耳鼻科では副鼻腔炎と言われ、
激しい頭痛、喉と口内炎、鼻水と複合的に悩まされ、
あるとき、あまりの頭痛で眠れない夜があり、
耐えかねて、朝一番で、脳神神経外科でCT検査してもらったところ、
特に異常は無いとのことで、ひとまず安心して薬を飲み、
数日、安静にしていたら、ほぼ回復しました。

原因のほとんどが、歯ぎしりから派生したようだったので、
(噛み締めで歯が割れて慢性的な頭痛と同時に副鼻腔炎からの喉と鼻水)
寝方を工夫して、
横になったときに、くの字気味だった首の角度を
への字気味にしたところ、ちょっと改善した、ような気がしました。

(歯が自然にぐっと噛まないような角度)




体調もほぼ回復して、気持ちを癒すため、銭湯へ行ったときに、
ふと、銭湯の蛇口の仕組みが気になり、しばらく考えてみた。

ちょっと特殊なタイプの蛇口で、ひねる部分が球状の関節のようになっていて
それを真ん中へ持ってくるとお湯が出てくる。

1方向へ倒す、というのなら、板状の物が中にあり、それが開閉するという仕組み
などが考えられるが、真ん中にするとお湯が出る、とはどういう構造であろうか。

そもそも、普通の蛇口の仕組み自体、よくわからない。
なので、一番シンプルな形から考えてみた。

樽のような容器の下側面に穴を開ける
穴にぴったりのコルクなどで栓をする

などが思いつく。
かなりシンプルで分かりやすい。

もうすこし、機能性を上げてみる。

筒状のものを穴に刺し、筒の中に何らかの細工をして開閉しやすい機能を作る。

筒の太さを大きくして良いなら、しゃもじのような構造のものを
筒の上から差し込んで、それを上下することで開閉が出来そうだ。
いや、それなら、上下するより、しゃもじを回転させることで、
開け閉めが出来そうな気がする。
しゃもじを円筒状にして、直径よりも小さい穴を開ければ、
回転させることで、開け閉めの状態を作れそうだ。

あ、銭湯の蛇口、球関節の球体の部分の中心にL字の穴があれば、
ちょうど中心に来た時だけ水が通る構造に出来るのでは、、、!

でも、普通の蛇口の仕組みが分からない。。。
使った感じとしては、回すところを左右に横回転して、
下方向に螺旋状にまわっていくと閉まる。上方向だと開く。

シンプルに、ネジ状の物が止め栓の役割をしていて、
蛇口をひねると、開いたり閉じたりする?
うーむ。

と、このへんまで考えて、銭湯から上がってしまったので、
結局、あとで、ネットで検索してみたところ、
ちょうどいい動画があったので、貼っておきますので、
ネタバレしたくないひとは、見ないでください。

ちなみに、根本的には、だいたい想像と合ってはいましたが、
さすがだなという仕組みの工夫が、さらにいくつもありました。


たまに、こういうの考えるの楽しいな。

2017年3月28日火曜日

蟹と歩く “Walking with Cancers”


悪魔のしるし「蟹と歩く」“Walking with Cancers” が、26(日)に無事に楽日を迎えました。
今回、同行できて本当に良かった。
本当に良かった。

https://walkingwithcancers.tumblr.co




「蟹と歩く」って何?みたいな人もこれを読むことがあるだろうけど、そこは配慮せずに書きます。 今、周りの人と話したい気持ちはすごくあるんだけど、こうやってブログに(ネットに)書くとなるとなかなか筆が進まないなあって思いました。これはなぜだろう。

 昨日の朝は、同行者の数人と危口さんのご実家に最後に挨拶とご焼香に行って、倉敷から、僕の実家がある掛川に寄っています。

 危口さんが亡くなる数日前から昨日の朝までは、ずっと人と一緒にいて作品のことを考えていたから、何とか面白くしたい、語弊があるかもだけど、しんみりせず危口さんの死を演劇の中ではギャグとして扱いたいみたいな気持ちがあったので、なるべくあっけらかんと明るく振舞っていたけれども、というか自分がそう振舞っているつもりもなく、ただドライな人間なんだと思っていたけど、周りにいた人(ご家族、友人、仲間とか)と密に時間を過ごすことや、倉敷という町やご実家とか危口さんが好きだった美術館でやることとか、残した作品やインタビューの記事や言葉とか、ギターとか、本とか、まあ二週間危口さんを浴び続けて危口さんのことを知れば知るほど、どんどん危口さんのことが好きになってしまい、終わってから同行者と離れて、話す人がいなくなり、寂しい気持ちになっています。
 はっきり言えば、危口さんのことは大好きだったけど、今思えば当初はそんなに思い入れはなかったんだと思う。僕のドライレベルに好きレベルが達してなかったのか?そしてそれが倉敷にいる間に達したのか?僕のそんなこと知ったこっちゃないか。

 ドライで思い出したけれど、危口さんの最後の疒日記の潤いと乾きと死の話がおもしろかった。https://note.mu/kigch_akuma/n/n57a898e01516

 危口さんと知り合ったのは、悪魔のしるしのプロデュースしてた金森さんに教えてもらって2008年の「注文の夥しい料理店」を観に行って、「なんで危口くんはそんなに照れた感じで演技するの?もっと素直にやった方がいいと思う。」って、ほんと偉そうに五反田ソニックの前で話したのが最初だったと思う。そしてこの絵は、危口さんの父、敬三さんのものだと昨日知った。



 そこから、「快快のゴリラ」の時、なんか裸に白い布巻いてギリシャっぽい感じでモデルやってもらった気がするのと(これはその時の控え室の写真だろうけど、やっていたことと写真が記憶で繋がらない)



「SHIBAHAMA」で百人斬りやってもらったり、


餃子パーティーしたり、バーベキューしたり、演劇でも、プライベートでも色々あったと思うんだけど、唯一覚えてる危口さんの言葉が、

俺が家の前の道路の掃除やゴミ捨て場を掃除することをもっと評価されてもいいはずだみたいなことを熱く語っていたら、

「現代人(こーじくん)は見返りをすぐに求めすぎ、商店街とか自分で商売をしている人は、見返りというかそういうものは子や孫の代に帰って来ればって感じだと思う。」

(名言みたいにこのエピソードを同行者に語ったら「意外に普通」と言われた)、近所のケーキ屋のおばあちゃんがケーキを買うたびにサービスでいつもケーキを一つ付けてくれて「どんな感じでやってるんですか?」と聞いたら「今は息子の代がメインで家族でやっています。」て言ってたのを思い出して、なるほど!ってなったことです。
今考えれば、知の巨人(危口さん)から、この程度のことしか記憶にとどめていない俺の知性よ、と思います。だからこそ、残された言葉とかじゃなく、危口さんの立ち居振る舞いのそばにもう少しいたかったなあと思います。
 まあ、この言葉のおかげで、今のマンションでは、マンションの前を気持ちよく掃除できて、それをたまたま見かけたおばあちゃんが、大家さんに話して、大家さんが「あなたはしっかりしてるから。」と、マンションの屋上への鍵のありかを教えてくれました。危口さんのおかげです。

 「蟹と歩く」を作る過程で危口さんのことを知れて本当に良かった。ありきたりだけれど惜しい人を亡くしたと思った。美しい人だったと思う。死んじゃったから神格化してるのかなとも思ってしまうけれど、なんか靴履いたまま部屋(危口さんの)に入っていったりしてガサツ!なんて思ったりしたけれど、本当に品がある人だったと今は思います。

〔雨ニモマケズ〕

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ影ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩


 今、人と話したいことはあるけれど、筆が進まないって感じが(もうだいぶ進みだしたけど)、なんか演劇って、人が集まって完成するのっていいなって実感しました。どうしたって今回は危口さんの死があったから特別な環境ではあったけど。


 危口さんは人を傷つけないようにすごく注意をしていた人だと聞きました。歌舞伎町の百人斬りが全然人が集まってないらしいって聞いて、終電がない時間なのに僕と文美さんに「危口さんが困ってるなら斬られに行くか!」って思わせるって、危口さんの人徳だよなあって。そして、100人の人物相関図を考えて用意して、全員に配り、ちゃんと配役するという筋の通し方。
「武器と衣装、期待してます。」と言われたのに、期待はずれな石だけを持って行った僕を斬る時の危口さんに愛を感じた。多分照れもありながらも、それを上回るバカバカしいことが好きで本当に楽しんでやっている感で、一瞬期待はずれの石に戸惑いながら「俺の頭をその石で殴ってくれ、、」と目で訴えてくる危口さんの感じが印象的でした。うろ覚えだから、実際どうだったかは覚えてないけど。最後に「また逢う日まで」を全然声出てないけど、本当に楽しそうに歌ってて、来て良かったと思いつつ、すごくジェラシーを感じたのは覚えてる。

2016/10/15 25:00




今回僕は、ここに参加するか、手を挙げるべきか、挙げていいのか本当に迷った。
最初に危口さんが癌だと連絡が来た時、突然すぎてどーんてなって、そのあと悪魔のしるしに出たかったのに叶わなかった。と思った。次の日、危口さんの家に会いに行き、快快で、時間を合わせて行くことになっていたんだけれど、僕はバイクで少し早く着いてしまい、なんと声をかけていいのかわからず、一人で入れず家の前をウロウロしていた。結局意を決して入ったら、悪魔のしるしメンバーの神尾くんがボードゲームを広げていた。なんかホッとしたけど、今思えば神尾くんもなんて声をかけたらとか思って、ボードゲームだったのかなあなんて思うけど。 一通りみんなが聞くような病気のことを聞いて、「こーじくんは今何してるの?」って聞かれて「KAATでルーツ、ストレートプレイやってます。」って言ったら、「ストレートプレイって何?」って聞かれて、何かいちいち危口さんの言葉を重く受け止めてしまい、答えられなかった。 なんとなく早ければ余命3か月みたいなことも聞いていたから、もしかしたらこれが最後になるかもなんて思ったらなかなか帰れなくて、最後に危口さんが見送ってくれて、握手して、「もし倉敷で何かやるようだったら行くから。」と言って帰った。本当は、そこは、「出るから。」と言いたかったけど、何かニュアンスをお客さんとして、みたいにしてしまったことを後悔した。

 そのあと3月頭に、倉敷で危口「お楽しみ会」が企画されてたから、そこで何か快快でできたらということだったけれど、結局それは無くなって。危口さんの新作を、お客さんとして観に行くことになるのかあってもやもやしていた。

 2月、快快で「CATFISH」に向けてクラスカでリハをしている時に、危口さんが本番を観に来れないから、とリハーサルに来てくれた。その前までは本番を観たいって言ってるって聞いて、快快の中では「あいつチケット取れてねーだろー、観にくるのはいいけどチケット持ってますか?って聞こうか(笑)」とか盛り上がってた。弟さん、妹さん、悪魔のしるしのたくまさんとお子さんが同行していた。でも、その日はスイートルームにお客さんがいたため、リハはできず結局みんなでお茶をした。でも写真見てやっぱ無理してたんだなと思った。



 頻繁に連絡を取り合う仲でもなく、疒日記を見ていただけなので、というかそんなに頻繁にチェックしていたわけでもなく、ふと思い出したらチェックするという感じくらいだったし(日記にカンパもしてない)、最後に引越しの時に会って以来、病が進行していることは確実だったし、会うまでドキドキした。どんな顔してあったらいいのか、何を話せるのか。まあ会ってみたら、あれ?ってくらい車椅子であること以外見た目が11月と変わらず、やつれてもいなくて良かったと思った。体を貸してあげれば何とか自分で歩ける程度だった。支えた体はがっちりしていて、安心した。っていうのと、多分1分もその時間はなかったと思うんだけど、自分が危口さんの体を支えることになるなんて、というか、すごくその関係性に違和感を感じ、切なくなったのを覚えている。

 「この前、危口さんのすっごい使いづらいというかロースペックなインパクトを借りましたよ、こんな使いにくいやつで危口さんは今まで乗り切ってきたのか、愚直だなって思って、インパクトに危口さんを感じました。」みたいな話から、「あれは、ドリルで、インパクトじゃない。」ってなって、インパクトとドリルの違いの話になって、僕が腑に落ちなくて食い下がっていたら「だったら自分の体にドリルとインパクトを当ててみたらいい。」と言われて、勝手にイメージできぐちボイスに死を覚悟した人のドスを聞かせてしまい、「怖いわ、、」って言って、自分が病人扱いを、哀れみを、なるべく出さないように明るくバカを振舞っていることがばれたような気がした。そしたらそれを見抜いてか、もともとそんなつもりもなかったのか、「まあ痛いからインパクトの先っちょになんか消しゴム的なやつ付けて。」的なことを危口さんは言ってた。そのあとはセリフ覚えなきゃやばいってなって、別テーブルで役者陣はセリフ合わせしててあんまり話せずさようならって感じだったかな。 帰り際「こーじくん、3月暇してるの?連絡するかも」と言われて、嬉しかった。
けど結局危口さんからは連絡がないまま、「CAT FISH」が終わって、受付に置いてあった蟹と歩くの仮チラシにあった「出演 八木光太郎 他」の、他に俺は入るんだろうか?なんてなんとなく連絡を待っていた。 クラスカで話している時、八木くんは危口さんが癌だと知った時、電話してきて「作品つくるなら俺を出せ」と言ってきたと聞いた。そういうところが八木くんのいいところだと言っていた。人から聞く八木くんの言葉は大体荒々しいから、そういう男だと思っていたけれど、今回一緒にやってみて、きっと敬語だったんだろうと思った。今の危口さんは体力落ちてるし、きっとそんな風に躊躇なく言える人としかできないよなと思った。

 「CAT FISH」で、役者として遺恨を残していたこともあり、作品では、「もやもやしてるやつがいっちばん嫌いなんだよ、生きてるだけで最高なんだよ!」的なことを梨乃さんが言っていたけれど、終わった後もやもやしていて、こんなやつが参加したら危口さん困るよな、、ってのもあった。

 そのあと、文美さんの餅つきに、八木くんが来てくれて、何となく、悪魔のしるしってどんな感じで作品をつくるか聞いた。八木くんが「連絡するのいいと思いますよ。」って言ってくれたけど、なんか連絡できなかった。

 もやもやを抱えたまま、実家に帰り、幼馴染に相談したり、最後には姉にまで相談して、結局みんなに「後悔するくらいなら連絡しなよ。」と言われたものの決められずにいた。 そうこう連絡がなんとなくできないうちに、気づけば疒日記は更新されて、利き手の自由がきかなくなっていることを知り、さらに連絡しづらくなっていった。

自分を迷わせていたのは、・もやもやした俺が、もう死にたいなんて言っている人の作品で何かできるのか?心労をかけ、体力を奪うだけじゃないか・危口さんの癌を(死と向き合う切実さを)利用して、自分のもやもや、スランプを吹き飛ばそうとしてるだけなんじゃないか・癌家系であることもあり、癌とちゃんと向き合って考えたいが、これは危口さんの癌を盗むことだろうか(今まで何度か癌と向き合わないといけないことはあったが、結局「ブラックジャックによろしく」の癌編を読み、涙を流してスッキリして、何か解決したのかわからないがそこで考えるのをやめるということを何度か繰り返していた。)・単純に俳優としてのスケジュールが真っ白なのが怖いだけじゃないか・俺は危口さんのセゾンの助成金を狙うただのハイエナなんじゃないか

みたいにわけわかんなくなって、迷いに迷って、結局は自分が後悔しないようにと自分本位にメールを送った。悪魔のしるしのメールではなく、危口さんのiphoneのアドレスに送って、返信を待っている間、あ、もうiphoneとか操作できないのかも、本当に自分本位で想像力欠如、なんで悪魔の方に送らなかったんだろうなんて、後悔しつつ、でもこれで誰にも読まれないまま何もなかったことにしようかなと思っていたら、翌日危口さんが返信をくれて、そのメールが、改行とかがないことで、危口さんの今の状態を何となく察し、そして、今考えれば危口さんとしては当たり前の行動だけど真摯に言葉を返してくれたことをすごくありがたく思った。

 数日後に改めて危口さんから、「作・演出」という肩書きから外れて、危口さんの原案を、集まった面子でどうにか上演作品にすることになるけどそれでもいいですか?という旨の連絡をもらって、参加することに決めた。
 けど、原案がどんなものかもわからないし何か栄養をもらわないと作れないので、無責任でいいので、何か参考テキストが欲しいと言ったら、宮沢賢治いくつかと、銀河鉄道の夜のアニメリンクを送ってくれて、「最近、ジョジョのアニメの音声をラジオみたく聴きながら寝てるんでアニメ嬉しいっすー」って猿公なレスをして、既読になって終わりって、これが個人的な最後のやり取りになるなんて思いもしなかった。

春と修羅 (mental sketch modified)


心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲てんごく模様
(正午の管楽くわんがくよりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
つばきし はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路めぢをかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃せいはりの風が行き交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ
    くろぐろと光素エーテルを吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥りくらむ天の椀から
      黒い木の群落が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
    (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ


 顔合わせをして、稽古初日の前日、背中を痛めて苦しすぎて夜中も寝つけず気づいたら危口さんが日記に書いていた痛みが和らぐ姿勢を取っていて、救急で病院に行った。



朝方まで色々検査したけど、背中痛めたのと腸炎が重なったってことで、稽古初日はスカイプで参加。体が効かなくなったら俺終わりだなって思ってたのに、早々に来ちゃったよと、今回本当に何もできないんじゃないかと不安になり、次の日からの稽古もずっと横になりながら見ていて、本当に自分が無力で役立たず感がやばかった。

何か、ただの日記になっちゃってるので、さらっと。

 で、危口さんが亡くなったことを聞き、結局会えず、作品の事は直接意見を交わすことはできず、何も危口さんにかける言葉も見つけられないままでお別れになってしまった。危口さんが亡くなったことで、タイミングのずれた予約者へのご案内発送作業で、一枚一枚ラベルを貼り、全員の名前を確認した。ああ、この人が来るんだとか、僕の知っている範囲でも確実に僕よりも濃密に危口さんとの時間を過ごした人の名前を見つけては、プレッシャーを感じていた。

 あと山縣太一くんが、「自分にカメラを向けないで、彼に光をだよ」みたいなことをアップしてのを見て、確かに!と思うと同時に、散々自分のことばっかりでやってきたから、ほんと何ができるんだろうってなりました。

 で、同行者の筒井さん、荒木さんが撮った危口インタビューを聞いていたら、「反知性のコージくんが何をするのか、全然ダメだったら、もうちょっとものを考えろと笑ってやります」みたいなことを言ってて、何を期待していたんだろうなんて思ったり。唯一危口さんとしっかり絡んだ「ALL APOLOGIES」の時のようなことかなあなんて想像したり。



でも実際はわからないので、紆余曲折しながらやりたいことをやらせてもらいました。それを許容してくれた同行者の方々に感謝。

 石井ゆかり曰く、3/20〜26の乙女座は

何を怖がるか、何をリスクととるか
ということが、今
あなたの世界で変化しつつあるのだろうと思います。
本当に怖いことはなんなのか
ということを直視したとき
今まで固めていた守りをむしろ、ゆるめたほうがよい
ということに
卒然として気づかされるかもしれません。

こんな感じだったのと、舞台監督のさめちゃんに、「こーじは全部自分でやりたいんだろうけど」、と言われて気付いて、今回は人を信用して、任せて、一緒にやることができました。危口さんっていう男を信頼して集まった同行者だったから、なんとか壊れずできたと思います。( ALL APOROGIESの時に、男に囲まれて、嬉々として猪木のモノマネをしている危口さんにすごく男ノリを感じて、普段は快快で女ノリなので、恐怖を感じたのをすごく記憶している)

二週間悩まされた腹痛が公演後に消えて、ほんと人の死って重いわって体感しました。

当たり前だけど、人の数だけそれぞれの危口さんとの関係があったろうから、感想も様々だろうけど、僕は僕と危口さんとの関係で、思いでやりました。
でも僕が一番視線を緊張する、同行者の卓磨さんで、なんか危口さんの古くからの親友で仲間って感じがしたから、この人の爆笑が見れないと今回は遺恨を残すって思って、打ち上げの席で卓磨さんの正面に座れるって思えて座れたので、自分としては良かったんだと思えました。ちなみにこの二週間で僕が一番泣いたのは、たくまさんが急に森山直太郎の「さくら」をピアノで弾いた時でした。

追記 今回の同行中、常に僕の冷静な相談役でいてくれた、悪魔のしるし岡村滝尾さん。夢で危口さんに渋々ながら今回百人斬りをやるオッケーもらって短い竹刀を託されて、東京からは実際の百人斬りの刀が届く中、最後にその案を成仏させてくれたのは滝尾さんでした。初日を終えて、俳優にもかかわらず明日繰り返すことが怖いと言っていた僕の相談にも乗ってくれ、初心に立ち戻らせてくれた滝尾さん。去年SPACのバスでたまたま隣になって話した時にはこんな関係になるとは思っていませんでした。ビバ滝尾!

悪魔のしるし、素敵でした。チームってやっぱりいい!と思った。そして快快に関しても今回そう思った。危口一家が本当に皆、魅力的で、素敵でした。
最後に妹さんに「兄が、快快は観たらいいと言っていたので今度観ますね。」と言われてすごく嬉しかった。


Black Sabbath  Symptom of the Universe 悪魔のしるし



                               
また逢う日まで 最初の5秒間くらいの振る舞いが好き そこに危口さんを感じる



一ヶ月前に実家で種を蒔いた野菜が、芽吹いてました。



















庭の桜はもうすぐ咲きそう。この時期になると、鈴木志郎康さんが「桜の木は、今の時期は、幹や枝も桜色になってくるんだ」と講義で言っていたのを思い出します。

  



最後に「蟹と歩く記録集(仮)」よろしくお願いします。

(諸事情によりお申込み受付開始は来週あたりになりそうです。下記サイトで情報が更新されますので引き続きよろしくお願い致します。)


https://walkingwithcancers.tumblr.com









2017年3月5日日曜日

りのです・快快新作公演CATFISHがおわりました〜〜

どもりのです〜
ブログをながらく停滞させててごめんなさい・
そして停滞している間快快のみんなはCATFISHをつくってました
もう公演がおわって2週間ほどたちます!
客席数がすくなくてみに来れなかった人も多いと思いますが
わたしもイタリアから1ヶ月帰国して制作に参加して出演できました・
妊娠7ヶ月の妊婦でした
こんなかんじ



今はイタリアにかえってきてお腹は毎日さらにでかくなってます

行き帰りの長距離フライト(14時間とか)や夫が一緒に来られないことなど心配要素が多くて
最初は参加自体あきらめていたのですが公演の2ヶ月くらいまえに思いきってみんなに体調いいし参加したいと相談したらみんな来て〜と言ってくれたので参加しちゃいました・
ついてそうそう風邪ひいちゃったりリハも体調的にみんなの半分の時間にしてもらったりと不安要素は多かったけどなんとかのりきれたのはまじでみんながいろいろ気を使ってくれたおかげでした・ふつうにほんとにありがとう・おいしいご飯も用意されており最高でしたあと公演中は会場だったホテルClaskaに泊まり込みだったけどこれでもかってくらい居心地がよかったです・さいこう

そしてリハ中もパフォーマンス中も主にこーじ・ふーみん・ごっちん、時に美術のあやみちゃんや料理をつくってくれたyoyoちゃんなどにも笑わされすぎてお腹いたくなりこんなに笑ってだいじょぶなのかと心配になり・妊婦 大笑い・でぐぐったりもしたのですが基本問題ない・むしろ大笑いは赤ちゃんにもよいというかんじでとにかく爆笑しまくって1ヶ月がすぎて、全部おわってかえるとき羽田からまたね〜爆笑の1ヶ月をありがとうとさみしくて泣きながらみんなにラインしたりして爆笑したり泣いたりきほん最高の人生です。




↑みてないとぜんぜんわかんないけど3人が大声でやーやややーと歌うとこ




↑大根とバナナのテロ集団が会場を占拠してるとこ

今回好きだったせりふは
「リラックスして億稼げなきゃこれからの時代」

「Uカップですよ」

「しごとこいこい・45105151」
です
見に来れた方は台本ももってるはずだからさがしてみてね

あと終わったあとにやっとひとつだけみれた公演がヌトミックの「Saturday Balloon」という作品で楽しかったしそのプアプアリッチリッチ精神(100円で〜)にふれじぶんたちとの違いについて考えこれは世代のちがい?若いから?とおもって自分たちが20代前半だった時の作品のせりふとか思い出してみたら
「俺の辞書には古代という文字はない人類はTシャツを着て誕生した」
ていうセリフとかが思い出されました・

そんで全然関係ないですがこれを書いてるわたしのお腹の中では赤ちゃんが回転運動をしまくり猫のポンズはおしりをちょっとだけわたしのももにくっつけて寝ています・かわえ〜

妊娠についてもちょっと書くと発覚したのは去年の9月終わりにこれまたソロ公演のために日本に帰ってきたときでした。

ていうかフライトの前々日からいきなり謎の喉がはれる風邪をひき、謎すぎて変だぞと思いとにかく寝てフライト中もずっと寝てついて数日後妊娠してることがわかり、その時も公演をあきらめるべきなのか、、となったけどまわりのみんなが助けてくれて守ってもくれて1時間強ひとりでしゃべりたおす作品をなんとかやれました(「これはすごいすごい秋」です)
今回も30分くらいしゃべりたおしたのですが、どうやらパフォーマンス中は体はリラックスしてるみたいで、お腹が張ったり痛くなったりもしなかった・

妊娠はぶっちゃけ今まではふわっとしたイメージしかなかったけどなってみるとものすごい変で、体は赤ちゃんに占拠されてまるで自分のおもいどおりにはいかなくなってふしぎなばけものになったみたい(と時同じく妊娠している友達は言った)です。そしてお腹や胸だけでなく脇の下もふくらみお腹に毛が生えてほかにもいろんなところに毛がはえたりもっとはえたりしてます(多分すごい個人差がある)

5ヶ月6ヶ月は精神的に不安定になるが7ヶ月8ヶ月になると謎の多幸感につつまれそしてそのあとそっこー産まれるという友達のもえちゃんの教えどおり、公演もおわって無事帰ってきたいま謎の多幸感につつまれてさいこうとかしあわせとか思ってばっかです・きっとちょっとハイにならないとのりきれない事態なのだと思います。

わたしあと3ヶ月したらママになります(でも基本ママのふりをするだけだけど)

実はわたし多分まわりから思われているほどアクティブな人間ではなく家が好きだしどこか遠くにいってもそこでだらだらするのが好きです・

旅や旅行をしても観光をがんがんするみたいなことはほぼないていうかこういう人生だから旅が多めだしどこかしらない場所にいくのは大好きだけどそこでのんびりするのが好きです。この1年くらいは初めてソロ公演でのアジアツアーもして初めての北京や香港やバンコクでの公演やそのあと妊娠したけどソロと快快と2回も日本で公演できて最高でしたがきっとここからはしばらくそういうことできないと思います・

だけど無事赤ちゃんを産んでしばらくして落ち着いたら、「これはすごいすごい秋」の公演をもういっかい多分日本でやって、香港にいって映画をとってそれを上映と上演のあいだみたいな感じでやる作品(「My little sweet ghost Charlie」というタイトルになるはず)をつくって、たぶんCATFISHももういっかいくらいどこかでやって、まだ行ったことあんまない中東の国にもいってみたいしインドもいって手掴みでカレー食べたいしあとふつうに近いとこではポルトガルいきたい・
いまからしばらくいろいろやれない時間にあれやりたいあれもやりたいをためてためてそのうちほんとにやるための起動力にするという作戦です・そうやって考えると赤ちゃんを産んで育てることがわたしの人生にあれやりたいあれもやりたいをもっと増やして実はもっとアクティブにしてくれるのかもしれない・

とりあえずいまは引き続きイタリア生まれでネイティブイタリアンになってしまう赤ちゃんに将来なんとか追いつくべく引き続きイタリア語の勉強けっこうがんばるという感じです・

わたしたちの赤ちゃんは女の子で5月のおわりの夏のはじめに生まれます。


では〜
CIAO!



ポンズはもう起きて遊んでくれご飯もくれとせがんでいます・

あとこんなわたしですが4月から落雅季子さんの「ガーデン・パーティー」というメールマガジンで半年くらい文章をかきます〜
http://www.mag2.com/m/0001678567.html

落さんのかいたステイトメントもあるよ
http://littlesophy.com/gardenparty_statement/

「目と手」というタイトルでイタリアでの生活のことやそのたいろいろ書く気まんまんですよかったら読んでね〜有料だけどわたしのほかにもいろんな人が書きます・落さんいわくしっとりお届けだそうですいい〜
ではほんとに
ま・た・ね

2017年1月21日土曜日

山崎です




引っ越し



前のブログを書いた直後、大学生の頃から15年過ごした大田区を出て、東京を出て、初めて神奈川県民になりました。
この年で、定職についていないということは結構ネックみたいで、被害妄想かもだけど不動産屋さんでなかなか物件を紹介してもらえず、結局一番最初に訪れた不動産屋さんがお友達に聞いてくれて、そこに入居できることになりました。
不動産屋さんは、話していると、「実は私、昔ね、」なんてレコードを出していたり、娘さんがボクサーで吉本興業所属だったり、僕の知り合いの事務所に稽古場を貸していたりと、なんか縁があるなあって思いました。大家さんも『役者?面白いじゃん。」っていい感じオッケーくれました。時々ご飯もくれます。

多摩川沿いに住んでみたかったし、人にも恵まれて良かったです。

もっと多摩川に行くものだと思っていたけれど、まだ一回しか行けていません。っていうのは、なんか東京側と神奈川側で整備され方が違うっていうか、この辺りだけかもしれないですが、こちらはあんまり河川敷に行こう!って気にならない感じです。
でも暖かくなったら釣りをします。

いつもインコは部屋に作った小屋にいたので、引っ越しの移動のためにサランラップとダンボールで簡易で作ったやつが、自分的には可愛くて気に入ったので見てください。二匹も移動中静かにしてました。





そして新居に作った小屋も気に入ったので(僕もインコも)、見てください。







「ルーツ」



年末はKAAT主催・演出/杉原邦生・作/松井周の「ルーツ」に参加していました。




インフルエンザで公演が半分くらい中止になってしまったので見るつもりが見れなかった人も多かったと思いますが、そういう方は申し訳ありません。でも芸術監督の白井さんにも、館長の眞野さんにも、「どうか、どうか、どうか再演を!」とお願いしたので、僕のお願いが叶うかはわかりませんが、叶った際はご覧いただけると幸いです。

とにかく、11、12月とKAATに毎日通えたのは最高でした。この生活5年くらいしてたいなってくらい、毎日が幸せで楽しくて幸せでした。KAATはスタッフさんが最高だし、劇場もいいし、それだけじゃ勿論なく邦生や共演者やみんなのおかげで幸せでしたよ。ありがとう、この日々って思いました。公演後の役者のfacebookみたいになっちゃったんで、杉原邦生の男前エピソードを一つ。



杉原邦生が男前





ある日、邦生に「あれ、こーじ、今日は整髪料つけてないの?」って聞かれて「昨日もつけてないし、最近つけてないよ、なんかナチュラルがいいって思って。っていうかワックスつけると、シャンプーしても全然落ちないじゃん。」って言ったら「安いワックス使ってるからじゃない?」って言われて、がーんってなって、高いワックスなんて選択肢に入ってなくて目にも入ってこなくて、こんなところでも貧富の差!8年前に出会った時はこんなことなかったのに!いつそんなに同い年の僕らに差が!って思って、恐る恐る「ナカノとか?」って聞いたら「ううん、デューサー。」とか言われて、俺は聞き取ることも発音もできないようなこと言われて、隣にいた演出助手のてっちゃんが「ロフトに一度おつかいで買いに行きました。」と教えてくれた。で、その日俺は、それで調子狂って、演技ガタガタで笑顔がこわばっちゃったよ!って言いがかりつけたら、次の日、邦生が「こーじ、これ、誕生日プレゼント。」とか言って本番数日前のクソ忙しい時に朝買って来てくれた「DEUXER(デューサー)」をくれました。


自分がなんて浅ましくてみみっちい男なんだって思いましたよ。完敗だし邦生に乾杯。邦生、男前だ、この男の為にこの公演成功させるぞって強く思いました。あいつは大成するね。そんなデューサーは美容院の良い香りがします。
なーんて思って、俺がルンルンで楽屋の鏡の前に置いたそれを、隣の求ちゃん(20代半ば)が見て「あ、デューサーいいっすよね」とかさらっと言われてショックでした。
そんなルーツの初日は、テンパった俺が、暗転中美術におでこをぶつけて、血だらけになって、「私、血だけはほんと無理。」と前日に言っていた女優さんの前に血だらけで立って無言で見つめあって、快快以外で初めて一緒の藤谷さんの衣装も途中で全とっかえして稽古着になって、変にあざとい芝居して観客には舌打ちされて、初日乾杯も参加できず救急病院に行き、「ぱっくりいったね、頭蓋骨見えてるよ」なんて5針縫ってもらう感じでした。

結構目立つ傷が顔にできたので(これまでに顔だけで20針以上縫ってて)、さすがに形成外科に行こう、今後映像のお仕事とかあるかもしれないしアップに耐えられないっていう考えが、「取らぬ狸の皮算用」か「備えあれば憂いなし」かは捉え方次第ですよね。俺の捉え方は、「備えあれば憂いなし」の「石橋を叩いて渡る」寄りの方って感じですかね。



最近の見た目34歳



最近、白髪増えたって言われる。自分でもそう思うけど。あと正月に姉に「こーじ、なんかしわくちゃ、大丈夫?」って言われてオールインワン的な美容液もらいました。若さを装ってたんだけどな、刈り上げちゃったりして、やんちゃ装ってたんだけどな。3日前に細かい字が読みにくくて「え?老眼始まっちゃいますか?」ってドキッとした。快快のホームページ用にプロフィール写真を撮ったんだけど、iphoneで自撮りだけど、初めて色とか明るさ補正しちゃったもん、なんか活きが悪くて。

ビフォー

アフター



快快新作「CATFISH」



まさに快快の新作「CATFISH」のリハーサル真っ最中です。



実は約3年ぶりの新作公演です。
きっとこの3年でメンバーも色々変わったことだと思います。ドキドキします。絹代さんなんて2人目生んだし。うちの姉も子供産んだけど本当可愛いわ、赤ちゃん。

僕は最近、お芝居が面白いです。僕のお芝居が面白いんじゃなく、僕はお芝居が面白いと感じていますってことです。みんなには前もそう言ってたよと言われるけども、今そう思っています。
だから「ルーツ」もお芝居ができて楽しかったし、きっと俺はこの一年で演技力が成長したはず、そうだよね藤谷さん、俺「ルーツ」でお芝居に関してはそんなダメだしされてなかったもんね?って快快の稽古場で聞いたら、口をつぐんだ衣装の藤谷さん。結構本気で「え!ちょっとそんな冗談よしてよ!」って思って、何度も「ねえ?そうだよね?ねえ?俺の芝居、、ねえ?」と聞いてもノーコメントを貫かれて、ちょっと予想外の反応過ぎて消化できませんでした。客観的にどうなのか気になります。が、それは、「 CATFISH」を見てもらったらわかること。でもチケットは売り切れてしまいました。
最近の課題は、普段の山崎皓司を面白がられて、演技をすると途端につまんなそうにされることですね。ありがちですけどね。永遠の課題でしょう。
なんか、俺、芝居芝居って盲目になって、つまらない人間になってしまったのかもしれないって、久々の快快で不安になっていたんだけど、やっぱりメンバーが笑ってくれると、とても嬉しい気持ちになります。



2017年1月11日水曜日

快快-FAIFAI-より寒中お見舞い申し上げ&新作のご案内

よんちゃんのふりしてあにーです。

以下、メールで出した寒中お見舞いなのですが、ぜんぜん届いてないような不安にかられブログにも転載。

メールニュースとかメールコンタクトの管理とか大変ですよね。こればっか一生やる人生なのかなって思うぐらい漏れダブりのチェックとエラーの嵐に忙殺され続けても開封率20%とか悲しみです。脳に直接公演情報送りたい。

さて、TPAMフリンジのページにのみひーーーっそりと出ていましたが、2月15日〜17日に新作本公演「CAT FISH」を上演いたします!
実はオリジナル脚本での新作本公演は「へんしん(仮)」以来、約3年ぶり。ホテルのスイートルームの一室、1公演30人限定という豪華空間を舞台にやります。朝11時そしてまさかの夜22時開演の回もあるいう掟(ていうかただ慣例なだけだけど)破りの時間設定も魅力ですね。宿泊施設は保証いたしませんので終電にはくれぐれもお気をつけて。

1月15日(日)正午より一般(オーディエンス)チケットの受付を開始いたします。
みなさまのご来場お待ちしてます。

あにー


⇩ココからごあいさつ

昨年は何かとお世話になりまして、ありがとうございました。
本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます。
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。

快快一同




国内にいるメンバーで年始に写真撮りました。藤谷は新年早々遅刻をしてひとり、ご飯食べてます。(藤谷さんケーキ買って来てと頼んだら、買って来たケーキが一切れでした。)





持ち寄ったごはん。何となく撮ってみましたが。超日常ですね。






この度また快快ファミリー増加しましたので目出度いGIFをどうぞ。(野上の息子です。野上の息子って言葉、なんか良いですね。






さて、そんな快快。久しぶりの新作公演いたします!

座席少ないです!

-----------
快快-FAIFAI-
「CAT FISH」(キャットフィッシュ)
2017年2月15日(水)~2月17日(金)

CLASKA Room 402(〒152-0001 東京都目黒区中央町1-3-18)
http://faifai.tv/news/faifai/2984/


「CATFISH 」
猫、魚。
直訳すると、ナマズ。
ネットスラングで「なりすまし」を意味する。
今回のお話は、ホテルを舞台にした劇。
宇宙人が登場する物語。
時代が変われば、その都度かたちを変えて人類の前に現れるUFO
彼らは人類にとって漠然とした不安の「なりすまし」である。
同時に彼らへの興味は、未知への好奇心の表れでもある。
ぼんやりと揺れ変わる今、「なりすまし」の彼らは、どんなかたちをしているか?

と、この内容をあえて劇場ではなく、おしゃれホテルCLASKAのスイートルームでやります。
皆さんのお越しを心よりお待ち申し上げます。
北川陽子

演出:快快
脚本:北川陽子
出演:大道寺梨乃 山崎皓司 (以上、快快) 桑原史香 後藤剛範

公演スケジュール:
2月15日(水)22:00
2月16日(木)11:00 / 14:00 / 19:30 / 22:00
2月17日(金)11:00 / 14:00 / 19:30 / 22:00
上演時間 70分(予定)
※受付開始・開場は開演の20分前となります


チケット料金:前売・当日ともに 4,000円(全席自由)
チケット発売日:2017年1月15日(日) AM12:00~
チケット取扱:快快 faifai.tv

お問い合わせ:info@faifai.tv
※会場への直接のお問い合わせはご遠慮ください

TPAMフリンジ参加作品
TPAM参加登録者特典あり(4,000円→3,500円)
詳細はこちら→TPAM 国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2017 http://www.tpam.or.jp/2017


技術監督:佐藤恵
舞台監督:森友樹
舞台美術:佐々木文美
舞台美術補佐:及川紗都
衣装:藤谷香子
記録:加藤和也
翻訳:吉岡友里
翻訳監修:Sebastian Breu
メインビジュアル:ハギーK
宣伝美術:廣岡孝弥
制作補佐:河村美帆香 小原光洋 横井貴子 小野寺里穂
協力:中山奈美 星野大輔 木元太郎
助成:アーツカウンシル東京
主催:快快

2017年1月10日火曜日

あけましておめでとうございます。


ふじたにです。




今年はKIKOの赤の口紅と赤のアイライナーを手に入れたので、それをつけています。
うっかりすると歌舞伎メイクを意識したみたいになるので注意が必要です。





23歳くらいのときに30過ぎたらピンヒールはいて生活をしようと考えていたのに、
ずっと走れることを重要事項として靴を選んでいます。
2016年の12/31には、気持ちばかりヒールのある黒い紐靴を手に入れたので、それをはいています。







ここ2年くらいは私の中で全身紺色がはやっていたわけですが
友達が店をたたみ、
とくに決まったお店の服を購入することもなかったわけです。
ただ、年が明けて急に
景気のいい感じの服が欲しくなり
発色が良いものや、柄や反射素材の服を手に入れました。
わたしのような線でかけるタイプのさっぱり顔が
そういうアイテムを身につけているのはいいんじゃないかと、
なぜか
そんな気がしたからでした。







2年くらい前に近い友人から
「お前はいよいよ(年齢、生活現状的に)先人達に習って、
厚化粧とターバンを巻いて『コスチュームデザイナーです』と言わなければならないぞ」
とお言葉をいただき、
えっという衝撃とともにそれは無理だと思ったわけですが


最近メイクだけでなく頭にターバンかわいいなと、
興味がでてきたあたり
はっとして
まさか
近づこうとしているの、、、?
とおもいます。






タートルネックのセーターを
ハイウエストでイン
(山崎先生よりお褒めいただいたニットのパンツ白。サイズが大きいため無理矢理ベルトでしばっています。)
した己の姿を視るにつけ、
そして
よくみると頂き物のみかんのピアスがついていて
多めのながい黒い髪に前髪がばつっとしてて

歯が折れそうなほどかたいビスケット(堅パン)をかじっている


あの歌舞伎風メイクの



アジア人女性はだれかと。













一瞬思って、それ以上は特に何も思わず出かけます。









そろそろFAIFAIから新作についてのおしらせがあります。
今週からリハーサルも始まっています。

今年もよろしくお願いいたします。